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今、美しきもの

鈴木ユキオさんWS

3月23日、鈴木ユキオさんのワークショップに参加した。場所は森下スタジオ。ユキオさんは1997年から二年間、土方巽など多くの著名人の巣窟の場となったアスベスト館から舞踊人生をはじめている様だ。舞踏から派生したユキオさんの身体ムーブメントは見ていてやはり緊張感と伸びがある。Wikipediaで「引きちぎれるまでに翻弄される切実な身体・ダンス」と評されているように、その動きには一種の体が不可欠とする緊張感と弛緩が、精神と肉体との細いぎりぎりのつながりの中で垣間見ることが出来る。 彼が目指す「ダンス・カラダの可能性の探求」は、WSでの言葉の節々で感じることが出来る。例えば、「こういう動きがあってもいいし、無くてもいい」、「これが正解という動きはないのだけれど、自分が如何に体の細部の動きを認識するかという部分を大事にしていく」、「よくわかんないんだけど、こういう感じ・・」など。

体を右と左とで半分にわけて、砂がゆっくりと右から左へ移行するときに起こる体重移動。体重移動は、結果起こることであって、動きが先に来るものではなく。そして、このとき重要なのが、目を開けて、空間を認識しながら行う。空間を見る、というのではなく感じる、そのものを感じ取るというのは、日本文化の実践生活において比較的常に行われていることであるように思う。新宿駅を歩いていても、4m先くらいから対向者の所在の感覚を認識し、と同時に左右からの人の波をも感じ取る。意外と難しいのは背後の感覚認識だ。森下スタジオは、今まで通ったどのスタジオよりも広く、天井が高い。天井には2本の黒く、太い空調管が左右に手のひらの形のようにスタジオを横切るように伸びていて、そのどちらにも4つの大きな空気口が空いている。宇宙船の空調システムのような、大きな空気口だ。ある意味不気味であり、空気がまるで下水管からながれる泥のように、スタジオに流れてくる感覚だ。この大きな空間を感じることは、身体からでる見えない糸をより遠くに飛ばす必要がある。そして、決してそれが切れないようにゆっくりと。

背中で空間を感じ取りながらタスクの次は、直立の状態から体にうねりの感覚をつける。まずは直立に立ち、そこからひざを折るように、骨盤を立ててしゃがむ。そこから、まるで、体の前に垂直に立った「水面」に体がひざから触れていくように、太もも、腰、へそ、腹、胸、のど、顔と。このとき、背中でその「水面」を感じていくのもよい。これを何度か繰り返す。

次に、足の使い方。まずは、足で自由に大きな窓を意識する。閉じたり、開いたり、上げたり、おろしたり。地面に空中に、もう一方の足の上に。そして、その窓は大きく、小さく。この練習で僕は足の空間が膨張する感覚を覚えた。足がまるで勝手に意識をもって動いているような感覚。両足が同時にとんだり、片足が不意に浮いてしまったり。鈴木さんが言うのは、「上半身は比較的空間をつかみやすい」。僕の身体も、足はなかなか動かない。どうしても動きの多くが上半身にあがりやすい。

そこから、今度はリズムもいれる。長い間隔、短く小刻みに動く感覚。とまる感覚。動きが止まるのだが、それは止めるべくしてとめるというよりも、呼吸にあわせ体を調整するということかもしれない。

僕はここから何を学ぶのか。

一回だけのワークショップだったが、足の運び方と認識の仕方を学んだ。先日の公演の後に、ひとつのフィードバックで「足をもっと動かしてもいいと思う」と言われたことを思い出す。足で表現することは、今までのWSでは習っていなかった。寧ろ、舞踏において、足はある意味、消していくものとして捉えることが多いような感覚がある。土方舞踏で足からの動きをもっとしりたい。それはあくまで足という機能的部分を使うに過ぎない動きになるのだろうが。