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今、美しきもの

東京大空襲とダンス

10983470_1080799165281943_4140855327665320261_o 10830930_1080799291948597_1513269949888265293_o 今日のダンス鑑賞は台東区の浅草寺から程近いGallery EF(ギャラリーエフ)で。この浅草駅から徒歩3分の一等地に立つカフェ兼ギャラリーはただのギャラリーではない。入ると猫の写真、絵、置物などなど猫尽くし。

これには理由がある。少し話がダンスから反れるが、福島原発問題が起きた2011年、福島原発から周囲20KMへの立ち居地入り禁止のでた飯舘村などで多くのペット、家畜が取り残された。その状態ですでに4年がたっている。もちろんメディアではほんの少ししかそのゲンジョウは知らされていない。犬や猫の飼い主たちは、一時帰宅ができる僅かの時間に家を片付け、わんちゃん・ねこちゃんのお世話をする。一時帰宅はこの日現在で2週間に一度程度。猫はだんだんと野生化していくらしく、早めの里親アレンジをすることが理想だとのこと。猫はまだいい。犬たちは飼い主がいない間、鎖にずっとつながれたままだそうだ。ご飯はどうするのか、散歩はどうするのか。人間の(というより、大企業と国の)浅はかな行動が動物を含めた弱者を痛めつける。ギャラリーの壁にある写真たちは、その猫たちをとった写真。ところ狭しとおかれた猫グッツは、被害地で活躍するNPO団体への募金活動。写真では、汚染されている土地で不思議なほど幸せそうに、そして自由に写る猫ちゃんたち。その中のいくつかの写真は、飼い主が里親探しを承認した、いわば「新しい飼い主」を募集する写真。心境は複雑だ。

ギャラリーは、すでに多くの人が集まってきて、今か今かと会場入りを待っている。年配の方、若い方と客層はさまざま。

ダンス。最近はメッセージ性を敢えて持たない(より身体的探求、演出フォーカス)作品が少なくない中、今回の作品「3.10 10万人のことば」が扱うテーマは「東京大空襲」。そしてこの作品を通して、Ikkoさんはこうフライヤーに綴る。

「この作品は実際に空襲を経験したことのない人間が、どのようにかかわることができるのかという実験でもあり、同時にダンスとは、アートとは何かという問いかけでもあります。今の時代を生きる私たちが過去と未来とのはざまでどういう魂のありようがありうるのか、戦争とは何か、今年も、この東京の足もとから問いかけてみたいと思います。」

僕も広島の人間として、2011年に起こった原発事故を遠くから目撃した人間として、この問いには共感を覚えるし、その答えの道のりの長さに歯がゆさも感じる。上記のような想いをもってダンスをされているIkkoさんはやはり踊りも濃厚で入魂。さらに、このプロジェクトは11年も続いている。このロングランパフォーマンスの意義はそれだけで大きく、ダンサーが伝えたいとするメッセージが如何に切実かをも物語っている。

演場はギャラリーカフェの裏にある蔵。この土蔵は江戸時代に建てられ、関東大震災、東京大空襲を生き抜いてきた(詳しくは添付のフライヤー参照)。作品がはじまる。最初1-2分間は、真っ暗闇。このとき僕はまるで防空壕の中にいて、いつ襲撃がはじまるのか、それとも終わった後なのか、飛行機が近づいてくるのか、遠ざかっていくのか、そんなすさまじい緊張感に包まれる。それはB29と思われる飛行機の小さな小さなエンジン音、そして空襲警報らしきサイレンの音。遠くに聞こえるか聞こえないかのような、蔵の無音な空間でないと聞き漏らすそんな小さな音が与える巨大な恐怖感。Ikkoさんが暗闇の中から静かに現れる。そして踊りが始まる。静かに、しかし狂気。前列の客との空間は僅かで、4つのライトから出る光も僅か。その中で微細で焼かれるような激しい踊り。その限られた空間で起こる緊張感、生きることへの執着、焦り、絶望感、そして閉塞感で満たされる蔵。同時に、小さな空間を共有することで感じる妙な安心感、その箱の中で起こされる他人との関係性、このアンバランスな、不確かな体感、そして相反する感情が混在する空間の中にいることが出来たことは実によい経験で、しかしながら、ある種の責任をおってしまったような公演。

そして、衣装。最初はウエディングドレスにみえ、それが次第にお母さんのエプロンに見え、ああ、不思議だと思わずにはいられなかった。衣装の表現を変えるダンス。また、東京大震災を経験した方の証言のループはとても耳に焼き付けられた。証言は時にコラージュのように重なり合う。当時の証言をする方が戦後何年もたっているのに思いのほか多く残っていらっしゃることにも驚かされた。広島での「被爆者(被曝者ではない。この違いはこちらを参照)」はもう数百人しか残っていないよう。広島・長崎比べ、東京大空襲の悲劇はまだまだ知しられてないというのが事実ではないかと思う。このパフォーマンスが今後も継続され、そして多くの人が、この平和の上にたっている犠牲・事実をもうすこしでも感じられれば。Ikkoさんのダンスからくる「生きる」迫力は僕を圧倒。もしかすると「生きる」ことこそがダンス・舞踊なのかと、そんな気持ちにさせられた素敵なパフォーマンスだった。