ImPermanence Production
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今、美しきもの

2015.3.2

昨日は一日バタバタとしていた。日中は溜まっていたメールやら連絡やら、3月20日あるパフォーマンスの段取りやらで、あっという間に一日が終わってしまった。夜は三宅太鼓の為、四谷へ。 三宅太鼓は始めたのが2014年の3月あたり。そういえばYumiちゃんの家に引っ越してから本格的にはじめたのだから。まだ一年もたっていないのに何だかすごく長い間練習してきたような気がする。それまで三宅太鼓をたたいたことはなく、かといって、三宅太鼓がたたかれていたのを聞いて感激して始めたというわけでもない。太鼓の出会いは、もっと子どもの頃にさかのぼる。広島県庄原市平和町。僕の生まれた場所(地域)は、なんとなく神楽が有名というか、伝統芸能はそれくらいしかなかった。小さい頃、家から田んぼをはさんだところにある平田公民館で、冬にされる神楽は夜通し行われる。公民館は小さくて、平屋建て。その川側に面した表戸を全部開け放つと、それが舞台となる。観客は一段下がった外の敷地に御座を引き毛布を持って冬空の下、ヤマタノオロチとかの神楽を見る。そこで打たれていた囃子太鼓がはじめての太鼓だったのではないかな。ほとんど記憶はないが「怖い」ということだけは感じていた。

両親は、家庭カラオケ全盛期から部類のカラオケ好き。豆腐を真ん中で平たく切ったような形のカセットをそのマシーンにいれるものが一代目カラオケ機。よく、宴会をした。僕は始めての平田町内カラオケ大会で、当時4年生だったのに松村和子の「帰ってこいよ」を選曲された。とおさんは、「最初の’かえってこいよ’は力強く’」っていってたなぁ。今思えばあの津軽三味線となんともいえないポンチョ(あれはアイヌ衣装なのか)が僕の体内リズムとファッションのベースになった。ズンズン、バンバン、ティンティキティン、バツゥ、バツゥ。

とにかく、僕はその三宅太鼓の響きと三味線の響きにどこか共通する何かを感じている。魂に届く音。あるいは魂が欲する音。体がとにかく反応してしまう。津村先生の稽古中は、まだまだ外側の俗的な自分が前にでてしまって、魂で打つことが出来るまでにはいっていない。以前、メルボルン三宅会でたたいたとき、この「魂がたたく感覚」を体験した。そうなると、本当に体が面白いほどに軽くなり、面白いほどにいい音が出る。津村先生達の音は、でも、そういうものも超えている。その人の魂というより地球の魂という感じがふさわしい。周りの人間、動物、植物、大地と融合する。是非、ウルルのてっぺんでたたいてほしい、12使徒の周りでたたいてほしい。そんな音は、人の心を鷲掴みにして人前にさらけ出す。体は暫しものけのからになって、太鼓の音と魂が久しぶりの再開を果たすのを見ている、みたいな。更にいうなら、津村先生の掛け声もすごい。魂を少しづつちぎって出してるような、そんな声。補充が大変だろうなと思ったりしている。